南部ハナマガリ鮭Tプロジェクトの終了

 --南部ハナマガリ鮭Tプロジェクト(4)--

いよいよ師走。

今年中には報告をしておかなければならない大事なことがあります。

昨年9月から始まった、長野市災害ボランティア委員会有志による南部ハナマガリ鮭Tプロジェクトの活動が、今年9月末に終了しました。

 

昨年の東日本大震災で、何かできるものはないか・・・と模索している中、この鮭T活動に出会いました。

 

被災した岩手県大槌町の「中学生の部活支援」に限定した、鮭Tプロジェクトは、特産のハナマガリ鮭がT シャツになってどんどん泳いでいき、気づいたらたくさんの支援者たちが、手をつなぎながら大槌町にやってきてくれました。

 

”みんなで作ろう☆鮭Tアルバム” を合言葉に、プロジェクトに参加した方々が鮭Tを着た写真を撮り、「全国でたくさんの人たちが応援しているよ~」というメッセージを託したアルバムも作りました。

 

1月のお届け分と今回とで大槌中学校へ240万円(90万+150万)、吉里吉里中学校へ130万円(30万+100万)、合わせて370万円の寄付(支援金360万円・現金寄付10万円)をすることができました。

 

鮭Tも6千枚以上売れ、手ぬぐい、タオル、バックなど小物を合わせて目標を遥かに上回り、ご協力いただいた皆様に心より御礼申し上げます

ここ安曇野でもたくさんの方にご協力、ご支援をいただき本当にありがとうございました

当店ではこんなコーナー(上の写真)を設けて、鮭T応援をしました。

 

ちゃんとお届けしてきた様子をまとめました。

 

10月21日

長野市ボランテイア委員の有志と鮭Tのデザイナーの長野亮之介さん、鮭Tを作ることに尽力してくださったTシャツ会社の方など総勢8人で岩手県大槌町に行ってきました。

皆それぞれの役割を持ったメンバー、勢ぞろいでした。この日は、大槌町を支援している他のボランテイアの拠点を訪ね歩きました。

10月22日 大槌町立吉里吉里中学校を訪問し支援金の目録を手渡しました。

 

全国、いえ世界から鮭Tを着た方々がその姿を写真にして送ってくださいました。

そのアルバムを沼田校長先生にプレゼント。

吉里吉里中は高台にあったため津波の被害は免れました。

しかし生徒の大半の家は流され、生徒たちは自主的に何ができるかを話し合い避難者たちの世話をしたといいます。

普段から、”特別行動力”と称して自分たちで考えて作り上げる訓練をしていたそうです。

それが役に立った。

校庭は、仮設住宅が建ち、運動は他に移動して行っています。

一時は、校舎が流された大槌中学校の生徒を受け入れ、コンパネ張って教室を分け、部活動は先に遠い地区の大槌中生にさせ、その後吉里吉里中生が部活動をしていたそうです。

被災しあいながらもそうやって助け合っていたのです。

そして、私たちの気持ちが生徒たちに確かに伝わった瞬間がありました。

全校生徒が歌で思いを伝えてくれたのです。

曲名は「変わらないもの」

あなたがいて 私がいて ふりかえれば 笑顔がある

桜が咲き 季節がめぐり それでも そこにあなたがいた

遠く 遠く 陽炎がのぼる坂道

いつか 景色が変わっても変わらないものがある 心の中に

君と出会った幸せをかみしめながら 歩いていこう

1年先も 10年先も これからずっと

悲しいとき うれしいとき つらいときも あなたがいた

当たり前のことのように 見える景色に あなたがいた

ずっと ずっと 立ち止まってはいられない

いつかその手を離したら 自分の未来をさあ、つかみ取るんだ

君がいたからがんばれた 支えあうこと 分かち合うこと 

あふれるほどの 愛をくれた あなたにありがとう

君と出会った幸せを かみしめながら 歩いていこう

1年先も10年先も 変わらない想い これからも ずっと・・・

 

熱い思いがこみ上げて、涙・・・・

励ましに行ったはずが、励まされた思いでした。

そしてその後、大槌中学校へ訪問、支援金の目録を手渡しました。

もちろん、鮭Tアルバムも・・・

 

こちらは校舎が流されたので、運動公園内の仮設校舎で過ごしています。

 

部活動が盛んですが、部員267名のうち181名が被災、127名の家が津波の被害にあいました。部費など集めようがなく、やりくりに困窮しているときに、鮭T支援が届いたのだそうです。

「あなたたちは神様です」・・・何度もそう言う校長先生と副校長先生の顔が印象的でした。

ここは海岸近いところのため、内陸部に遠征する際のバスの費用、中でも吹奏楽部の楽器の運送に専門車を使うため数十万円かかるのだということ・・・一同、思わずため息・・・

 

 

その他、部活用具の収納庫設置などにも役立ち、自由に使える寄付のありがたさを実感したといいます。

 

相撲など全国大会に出る部がたくさん!

鈴木校長先生からこんなお話が・・・

一年目は生徒たちは非日常が日常化してしまい、被災当時50分授業の内、10分も持たない状態でした。

心の傷が深いこともあり、学校のペースで音楽セラピーなどを通して、正常な日常を取り戻したい。

 

まだまだ脅えて外に出られない子がいることも忘れない。

できるだけ社会を理解するために、職場体験をさせたい。生徒が地元の今を知る為に、地域協力の中、職場体験しています。

今はできないことも段階を踏んで丁寧にやっていきたいとも。

子供を育てる、社会に送り出す…ことはこういうふうに地域と関わることなのだと改めて感じました。

大槌町は見渡す限りでは壊れた建物が撤去されただけで、町づくりは見た目は何も進んでいません

草だけが一面を覆っていました。

相変わらずの、先の見えない仮設住宅暮らしが続いています。

こちらに居ては及ばない、心理状態も肌で感じてきました。

 

鮭Tプロジェクトはそんな日常のほんの少しのお手伝いしかできません。

でも、訪問してお話を聞いて、喜んでいただいている姿を目にすると、やってきてよかった!一年間たくさんの人たちと大槌の中学生を支えたんだと実感しています。

このプロジェクトに参加した方々は決して忘れないでしょう。

夏になれば子供も大人も鮭T着て闊歩しているでしょうから・・・(写真は鮭T一家)

街角でスッとすれ違った瞬間、鮭Tの絵が飛び込んできて、思わずうれしくなって「鮭T 支援だよね~」と見知らぬ人と会話したことも。

楽しみながら、ちょっとドキドキしながら鮭Tを着て、大槌町を思うでしょう。

これからも被災地の復興を願って何かお手伝いできたらと思います。

 

この一年、人から人へと鮭T プロジェクトを広めてくださった皆さん、本当にありがとうございました。